はじめに

事業承継税制の特例措置は、2027年(令和9年)末に10年間の適用期限を迎える。
これを契機に、より使いやすい制度への見直しに向けた議論が、中小企業庁の「中小企業の親族内承継に関する検討会」で進められている。
令和8年8月5日、この検討会の報告書(案)が公表され、中小企業の親族内承継に関する施策の方向性が示された。報告書では7つの論点について具体的な方向性が示され、令和9年度税制改正で結論を得ることとされている。
これらの論点の中で特に注目したいのが、「猶予措置のあり方」である。現行制度は納税を「猶予」する仕組みだが、これが「免除」に転換されるのか、またその条件はどうなるのか――という点である。
事業承継税制については、昨年の拙稿「特例事業承継税制の課題と提言」で「納税猶予から免除へ」との提言をまとめているので、あわせて参考にしていただきたい。
なお、この検討会と並行して、国税庁でも「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」が開催されており、株式評価方法そのものの抜本的な見直しが議論されている。両者の動向は密接に関連しているため、本稿ではあわせて紹介する。
1. なぜ今、事業承継税制の見直しが議論されているのか
事業承継税制は平成21年度に一般措置として創設された。しかし、雇用継続要件や申請認可手続きの煩雑さ、猶予打ち切りリスクといった障壁が大きく、活用件数は年間100~400件程度にとどまっていた。
これを踏まえ、平成30年度には10年間の時限措置として特例措置が創設され、雇用継続要件や猶予割合などの要件が大幅に緩和された。この結果、特例承継計画の申請件数は年間2,000~5,000件程度まで拡大している。
それでも、事業承継税制を潜在的に活用しうる中小企業は年間約1.1万~1.2万社と推計される中、実際の活用はその1/4~1/3程度にとどまっているとされる。制度の活用をためらう事業者が依然として多く存在しているのが実情である。
制度が使われにくい理由

中小企業庁が実施したアンケートによれば、事業承継税制を利用しない理由として、次のような点が挙げられている。
- 適用期限までに事業承継を完了できない
- 提出期限までに特例承継計画を提出できない
- 後継者はいるが、経営者としての人材育成が終わっていない
- 提出書類や手続きが煩雑
- 納税猶予が取り消されるリスクがある
また、私が直接に事業者から事業承継税制を利用しない理由を聞いた現場の声として、
- 子供がいない場合や、子供にリスクを負わせたくないなど、将来を見据えると選択肢に上がりにくい との意見をよく聞いている。
特に、子供がいない場合や、次の世代にツケを回したくないといった将来のリスクを考慮すると、「猶予であり免除ではない」という制度の根本的な性質が、活用をためらわせる大きな要因になっていると考えられる。
2.事業承継税制を使わない場合の対応
事業承継税制を活用しない中小企業が、実務上どのように自社株の承継を行っているかというと、主に次の2つの方法がとられている。
- 相続時精算課税や暦年贈与を活用し、株式の承継を行う
- 株価を引き下げてから株式の承継を行う
このうち1.は、相続税が多額にならない場合には今後も有効な対策であり続ける。しかし、純資産が大きく株価も高い優良企業の場合には、事業承継税制を活用するか、株価を引き下げる対策を講じるほかなく、そのためにさまざまな株価引下げスキームが用いられてきたのが実情である。
優良中小企業ほど直面する悩み
優良企業ほど事業承継が進みにくい背景には、次のような構造的な問題がある。
- 純資産が大きく、自社株の株価が高い
- そのため事業承継時に多額の相続税が見込まれる
- 一方で自社株には換金性がない
- 後継者はサラリーマンであることが多く、貯蓄で相続税を払えない
- 相続税を払うには、相続税相当分の現金を用意するか、銀行から借り入れて支払うしかない
このため、事業承継をためらう後継者は多く、中には優良企業であっても廃業を選ぶケースがある。
また、後継者が経営の承継を決意しても、株価が高いために相続時までは株式の承継ができず、事業承継がなかなか進まない要因になっている。
3.「中小企業の親族内承継に関する検討会」7つの論点と方向性
令和8年8月5日の検討会報告書案では、次の7つの論点(および「その他の論点」)について、政策の方向性が示された。

① 猶予対象株式数について
現行の特例措置では議決権株式数の3分の2という制限が撤廃されているが、一般措置時代はこの上限が活用の妨げになっていた経緯がある。報告書では、中小企業が置かれた状況に応じて承継のあり方を選べるようにすることが望ましく、一律に上限を設けることは必ずしも妥当ではないとの方向性が示されている。
② 猶予割合(贈与と相続の差)について
贈与による承継を行った事業者の方が、相続による承継よりも承継後の売上高の増加率が高い傾向にあることから、贈与による早期の承継を促進する方向性が示されている。あわせて、相続の場合の猶予割合の適切な設定についても検討するとされている。
③ 猶予措置のあり方について
本稿で最も注目している論点である。現行制度は、後継者の事業継続5年間に加え、次の後継者への承継までの猶予期間が長く、この点が経営者の将来不確実性への懸念や、成長投資を躊躇させる要因になっていると指摘されている。
報告書では、猶予された資金を賃上げ、設備投資、地域貢献といった取組の原資として活用することを促し、これらを実践した事業者については、評価減制度の可能性や猶予税額の免除措置を検討する方向性が示された。ただし、あわせて実効性のある課税逃れ防止措置の検討も必要とされている。

④ 雇用確保要件について
人口減少や省人化の進行を踏まえ、現行の絶対的な雇用人数による要件を見直し、ベンチマーク対比で判定する考え方の導入などが検討課題として挙げられている。
⑤ 企業活動の成長及びガバナンス、透明性の確保について
事業承継税制の適用を受けた企業には、確保された経営資源を成長投資や賃上げに活用し、地域社会への還元につながる経営を行うことが期待されるとし、透明性を高めた企業経営のあり方が論点として挙げられている。
⑥ 海外子会社の取り扱いについて
現行制度では海外子会社の株式は対象外とされているが、海外展開が企業の売上高や雇用にプラスの影響を与えているとの調査結果も踏まえ、海外子会社の株式を税制の対象とすることが検討課題とされている。
⑦ 後継者の人数について
現行の特例措置では対象後継者数を最大3名まで拡大しているが、実際に複数名で活用している事業者は全体の6%程度とされる。株式分散防止の観点も踏まえつつ、複数後継者による活用実態を把握した上で、対象人数のあり方を検討するとされている。
⑧ その他の論点
- 確定事由が一定期間生じなかった場合の利子税免除制度の検討
- 信託株式を対象とするかどうかの検討(財産権と議決権の分離に留意)
- 都道府県及び税務署への報告手続きの簡素化
4.「猶予措置のあり方」への所感
7つの論点の中で最も注目されるのが、③の猶予措置のあり方である。報告書では免除も検討課題として挙げられているが、その条件として、猶予された資金を賃上げ、設備投資、地域貢献の原資とすることなどが想定されている。
これは、将来のリスクを懸念して事業承継税制を活用できずにいる中小企業の実情を、必ずしも十分にすくい上げる内容とはなっていないように見える点が気になるところである。むしろ、次の後継者がいない場合には事業継続10年で免除とするなど、よりシンプルで分かりやすい仕組みも検討の余地があるのではないかと考える。
5.「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の動向
「中小企業の親族内承継に関する検討会」と並行して、国税庁では「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」が開催されており、株式評価の抜本的な見直しが議論されている。令和8年8月20日に開催された第5回会議の資料では、見直しの方向性が具体的に示された。
中小企業の自社株評価方法が変われば、これから事業承継を行おうとする中小企業に大きな影響が及ぶことになる。国税庁は、この見直しの目的について、これまでの評価体系の見直しと、相続税の租税回避スキームへの対応策であるとしている。
ただし、これまで実務上適法に行われてきた株価引下げスキームが排除されることで、中小企業の事業承継において多額の相続税を支払うことになるのではないかという懸念もある。
(1)評価体系の見直し
現行の評価体系は、企業規模(大会社・中会社・小会社)に応じて異なる評価方式が用いられているが、これにより異なる規模の企業間で不公平が生じ、租税回避スキームの横行を招いているとの指摘がある。見直し案では、規模別の区分を廃止し、共通の評価方式で評価することが検討されている。
(2)評価方式の見直し
現行制度では、継続企業に対しても解散を前提とした時価純資産価額を用いる場面があるが、継続企業を前提とするなら、清算を前提とした時価ではなく、継続前提の”簿価“を用いるべきではないかという方向性が示されている。
また、類似業種比準方式については、理論的な根拠や実証的な裏付けに乏しく、上場企業をもとにした縮尺モデルを非上場の小会社に適用することの妥当性にも疑問が呈されており、方式の存置自体が困難ではないかとの見方が示されている。
これに代わり、企業の収益力を重視する「インカムアプローチ」による評価を主軸とすべきではないかという方向性が示された。インカムアプローチにはⓐ配当還元方式、ⓑDCF法、ⓒ残余利益方式の3方式を挙げ、ⓒ残余利益方式が適用に問題がないと評価されている。
会議資料では、残余利益方式(簿価純資産ベース)を採用した場合の例も示されている。
①簿価純資産(企業の保有資産) ± ②数年分の超過収益(企業の収益獲得能力)
により株価を算定するというもので、直前期末の貸借対照表と過去数年分の損益計算書等から比較的簡便に算定できる点が特徴とされている。
期待収益率以上の収益率を上げる会社は簿価純資産以上の評価額となり、期待収益率以下または赤字の会社は簿価純資産以下の評価額となるイメージが示されている。

(3)純資産価額方式・配当還元方式の位置づけ
純資産価額方式については、原則的評価方式ではなく「特定の評価会社の株式の評価方式」として位置づける方向性が示されている。
配当還元方式についても、特例的評価方式としての趣旨を逸脱した濫用が指摘されており、特別の例外措置として適用範囲を見直した上で存置する方向性が示された。
(4)租税回避スキームへの対応
会議資料では、次の4類型の租税回避(評価額圧縮)スキームへの対応の方向性が具体的に示されている。
- 会社規模等の操作による評価額圧縮:会社規模に応じて評価方式が異なることを利用し、意図的に規模を操作するスキーム。規模によらず単一の評価方式とすることで対応する方向。
- 利益等の恣意的な操作による評価額圧縮:オペレーティング・リースの活用、多額の役員報酬、一時的な役員退職金などにより利益を一時的に操作するスキーム。非経常的な損益を除外した「正常利益」で評価する方向。
- グループ法人税制を活用した評価額の圧縮:完全支配関係にある法人間で、税負担なく親会社の資産等を子会社へ移転するスキーム。グループ全体として評価を行う方向で対応する方向。
- 株主構成等の操作による配当還元方式の濫用:株主構成や議決権割合を操作し、配当還元方式のみを適用することで評価額を大幅に圧縮するスキーム。事例によっては企業価値の総額から最大で約98%もの評価額圧縮が行われたケースもあるとされ、対象株主の範囲の整理や固定価格株式の取扱いの見直しが検討されている。
賃貸不動産を活用した自社株式の評価引下げについては、租税回避スキームとして対応が必要との記述がないが、有識者会議の資料で租税回避策の一つとして取り上げられており、新たな株式評価方法である、時価純資産ではなく簿価純資産となることにより、株価の圧縮ができなくなることも予想されます。
商工会議所の試算
商工会議所の試算によれば、評価方式の変更により自社株式の評価額が2倍から5倍近くになる場合もあるとされており、中小企業の事業承継に非常に大きな影響を及ぼす可能性がある。
これまで節税対策として広く行われてきた株価引下げ対策も封じられることになれば、事業承継税制を活用するほかに選択肢がなくなる懸念もある。
6. 国税庁・中小企業庁、二つの政策の方向性をどう見るか

この二つの行政の動きを重ね合わせると、次のような構図が浮かび上がる。
- 株価の圧縮を可能にしてきた株式評価方法を見直し、租税回避を封じ込める方向(国税庁:有識者会議)
- 親族内承継で事業を継続したい中小企業に対しては、特例事業承継税制をさらに拡充し使いやすくする方向(中小企業庁:検討会)
この2つの動きを合わせて見ると、中小企業に対して事業承継税制の活用を促すような誘導が図られているようにも見受けられる。
7. 中小企業の事業承継への当面の対応策

現時点でとりうる対応としては、以下が考えられる。
- 特例事業承継税制を活用できるよう、特例承継計画は提出しておく
- 12月頃に見込まれる最終的な結論を踏まえ、具体的な対応策を改めて検討・判断する
両検討会の議論は令和9年度税制改正に向けて年末にかけて結論が出される見込みであり、事業承継を控える中小企業にとっては、今後の動向を注視しておく必要がある。



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